常識を壊して、発明をしたい。
江口 カン氏(高38回)
映画監督/映像ディレクター
KOO-KI
CMやドラマなど数々の映像で見る人を惹き付け、世界の注目を集めて来た江口氏。2018年『ガチ星』で劇場映画監督デビューし、新たな境地を切り開いた。
19年1月、ドラマや舞台で人気を博した『めんたいぴりり』が映画になって、全国公開される。その制作話を通して、映像づくりへの思いをお尋ねした。〔聞き手:武尾 愛恵(高48回)〕
<プロフィール>
高3の福高祭で『ロッキー』のパロディを作って映像に目覚め、九州芸術工科大学画像設計学科へ。在学中から映像制作の仕事を始め、卒業後フリーランスを経て1997年、KOO-KIを共同設立。テレビCM、webムービー等を手がけ、カンヌなど国内外で多数受賞。2013年、東京五輪招致PR映像のクリエイティブ・ディレクションを務める。同年、ドラマ『めんたいぴりり』、15年に『めんたいぴりり2』を監督。18年、映画『ガチ星』が全国順次公開され、19年夏には『ザ・ファブル』も全国公開予定。
「諸君、おはよう!」「朝ごはんできたばーい」予告編から聞こえて来る、おなじみの台詞。あのふくのやが、いよいよ全国の大スクリーンに映る!と思うとワクワクしてくる。
福岡の人に「帰って来た」と言ってほしい
—『めんたいぴりり』の映画化にあたり、ドラマからの変化はありましたか。
江口 まず考えたのは、福岡の人たちに「ふくのやが帰って来た」と言ってほしいということでした。未だに前のポスターを貼ってくれている所がいくつもあって、そういう人たちを裏切ってはいけないなと。映画だからと気負わず、ドラマと同様に平常心でいこうと決めました。が、同じ話の繰り返しになってしまってはいけない。全国には『めんたいぴりり』を初めて観る人も多いはずなので、絶対に見せておくべき基本情報やエピソードは残しつつ、そこに新しい話も加えて、ドラマとはまた違う物語にしています。
—今回もしっかり博多弁の台詞ですね。
江口 台詞は、僕自身が幼い頃から使ってきた博多弁で統一していて、江口弁と言われるほどこだわりました。いくつか間違いも指摘されたけれど、引き揚げの人たちの出身も様々だろうから、ありえなくはないかなと(笑)学術的な正しさよりも、肌に染み付いた言葉で撮りたいというのは初めから譲れない点でした。
—川原健氏(高 14回)、川原正孝氏(高20回)、東憲司氏(高35回)との関わりは。
江口 ふくやの川原健相談役と正孝会長(ふくのや長男と次男のモデル)には、映画のために更なるお話を伺いました。ふくやさんは、自社の話というより「福岡産」の作品であることに意義を感じてくださって、とにかく協力的でした。
東憲司さんが同窓だったのは驚きましたね。元々、東さんの劇団(劇団桟敷童子)の芝居が好きで、ドラマの脚本をぜひにとお願いしたんです。僕も東さんも、福高が苦手だった者同士で気が合って(笑)山笠の町の育ちではないこの2人が博多や山笠の話を書いていていいのか、ともよく話しました。ただ、だからこそ、正しく伝えているかどうか、とても慎重になれたと思います。いい緊張感をもってやれましたね。
—映画ならではの演出はありますか。
江口 映画では、昭和30年代のふくのやのある1年を描いています。楽しいことや悲しい事件、色々な出来事をみんなで共有して解決し、また日常に戻る。そうした季節の巡りを表現する方法として、音楽の効果を使いました。ドラマでは、場面ごとに盛り上げる既存曲を当てていましたが、映画は全て一から作り直して、音楽で流れを作るようにしたんです。そのため、ドラマとは印象が違って見えるかもしれません。
また、最後にすべての登場人物が再び出て来ることで、縁が巡るという構成にもなっています。
—撮影期間1か月。厳しい条件もあったのでは。
江口 様々な制約の中でも、妥協せず最善を尽くします。例えばカメラ。ドラマでは2台使っていたけれど、よりクオリティの高いものに替えると1台にせざるを得なかった。撮影に時間がかかりますが、1台の方が僕も集中できるので、そうしました。カメラマンの提案で、スクリーンを意識して横に広い画角で撮ってみたのも非常に良かったです。
演技に対してはずっと徹底しています。余計な笑いを取ろうとする演技に怒ったり。後から華丸さんには「あんたはドラマの時からずっと厳しかったもんね」と言われました。
映画『めんたいぴりり』撮影風景 写真提供/KOO-KI
繰り返されるベタな日常への安心感
—監督ご自身が特に好きなシーンは。
江口 4つあります。まずは冒頭。「ふくのやが帰って来た!待ってました!」と拍手したくなる。今はあまり見かけない、繰り返されるベタな日常への安心感は、めんたいぴりりらしさの一つです。
次に、平和台で稲尾選手を応援した後、ふくのやにお客さんがどっと押し寄せる場面。小さな店先での出来事なのに、音楽とも相まってすごく高揚する感じが好きです。
それから、海野夫婦がキスする?のドキドキ。あの演技は他の人ではできなかった。
一番好きなのは、ふくのやの味を盗んで明太子を売ろうとした石毛と海野夫婦の再会シーン。言葉は少ないのに、お辞儀が多くを語っている。お辞儀、ってすごい文化だなと実感しましたね。それに3人の表情がたまらなく素敵なんですよ。華丸さんは「(クランクアップ直前で)やっと終われる〜と思ったのが顔に出た」なんて言ってましたけど(笑)


©︎2019『めんたいぴりり』製作委員会
—泣いてしまうシーンはありますか。
江口 英子ちゃん(長男のクラスメート)と、あしながおじさんに扮した海野俊之が話す場面。英子役の豊嶋花ちゃんの演技が素晴らしくて、何度観ても泣きます。それを受ける華丸さんの表情がまた最高で。完全に役者さんに持っていかれましたね。
ここをどう解決させるか喧々諤々したんですが、東さんがあの展開を考えてくれたのは、すごかったなと思います。
—鮮烈な戦争描写もあります。
江口 ドラマにも入れましたが、当時の人たちにとって、戦争は共通の体験。物語全体が淡々と進んでしまわないよう、悲惨さも描いています。これは僕の想像ですが、戦後の貧困を目の当たりにして、(ふくや創業者の)川原俊夫さんは「おいしい食べ物があれば」という思いから明太子を作ったのではないかと思います。
博多でしかできなかった作品
—福岡で作って良かったと思うことはありましたか。
江口 地元の話を、地元の役者やスタッフで作って、全国へ発信する。こんなに「のぼせた」ことは、博多じゃないとできません。協力してくれる人も本当にたくさんいます。ふくやさんなんて、『めんたいぴりり』のために映画会社を設立してしまった。福岡県民が全員観て、全国や世界にいる福岡出身の人たちが観てくれれば、それで大ヒットだ!なんて言っていて。もうこれはエゴイスティックな福岡愛、偏愛ですよ(笑)
山笠シーンのエキストラに参加してくれた中洲流の人たちも、3月の寒い中、勢い水に凍えながら頑張ってくれました。ちょっとかわいそうだったかな。
この映画ならではの発明を
—今回の映画製作で新たに得たものはありますか。
江口 僕は、映画でもドラマでもCMでも常に、その映像ならではの発明を入れたいと考えています。そのために、実験的なことを積極的に取り込む。実験なくして発明なんてありえませんから。
この映画では、まず「スケトウダラさん」の存在そのものが実験です。いわゆる映画っぽくないキャラクターだけど、テレビで面白かったものを活かしてもいいじゃないかと。しかも今回、自転車にまで乗ってしまった(笑)
CGも、どこかで見たような表現ではなく、新しい使い方をしています。『めんたいぴりり』は昭和の物語ですが、懐古趣味的にはしたくなかったし、僕も東さんも2時間の中に多くの要素を詰め込みたいので、途中で飽きさせないように心を砕きました。
実はここ数年、韓国映画が面白くて。エンターテイメントと文学性が、多少の矛盾や崩壊を恐れずに濃く共存しているんです。『めんたいぴりり』でも、実験的なことを散りばめてみたらなかなか面白くなって、きれいにまとめようとしなくてもいいんだなと確信しました。上手に作ることより、観る人が面白いかどうか、それしか考えていません。
—子供からお年寄りまで、誰もが楽しめそうです。
江口 時々、「昭和の話だから、ターゲットは昭和世代ですね」なんて言われるんですが、それは違う。普遍的な笑いがあるし、年配の方々は懐かしく、若い人たちには新鮮な過去。世代を超えて一緒に楽しめるように撮ったつもりです。そういうアニメはあっても、実写映画は最近あまりないのではないでしょうか。
僕は、くだらない常識を壊したい。ちゃんとこだわりをもって面白いものを作れば、お客さんは観に来てくれる。そう信じて、妥協することなく映像を作り続けていきたいと思っています。
『めんたいぴりり』は、とにかくまず、福岡ゆかりの、幅広い層の人に観てほしいです。そして皆さん、ぜひ言いふらかしちゃってください!